やはりピエロだった東国原氏
「私を総裁候補にするなら」と自民党で首相になりたがっていた東国原氏。
しかし、お友達だったはずの橋下大阪府知事にも、見放されたようです。
日経ネットによれば、橋下氏は5日、「東国原知事と組めば自民・公明応援の猿芝居とみられてもしょうがない。戦い方の違いをしっかり区別する」と表明しました。
見る人が見れば、東国原氏の行動が「猿芝居」なのは明らかなのだけれど、マスコミは彼のパフォーマンスを大々的に取り上げてきました。しかし、さすがに多くの文化人も、コメンテーターも東国原氏のあまりにひどい思い上がりと、幼稚な構想に辟易(へきえき)し、それを見ていた人々も「もう、いいかげんにしろ」と思い始めたのでしょう。何より国民の自民党離れを読み違えた東国原氏の敗北と言えるでしょう。
民主党の前原誠司氏は4日のテレビ番組で、東国原氏に「知事は(市町村を)コントロールするという発想だ。自民党に行ってやってください。僕らの考えとは違う」と批判しました。僕も、東国原氏の「地方分権」には一番大切な「市民による自治」という発想が欠落していて、結局は自分が好き勝手にしたいだけではないかと感じていました。
東国原氏は、7月1日、宮崎県の高千穂町で開催されていた県民フォーラムで、参加者からの質問にこのように答えています。
参加者 「知事が国政に転身したら、残された知事の任期を誰が代わるのか」
東国原 「私の考えを、私のやり方を一番分かってらっしゃる方、一番継承できる方にお願いする。それが僕の責任じゃないかなと思う。国政に行っても1週間に1回は宮崎に帰って来て口出しする。事実上の知事は僕だから、次に知事になる方は傀儡(かいらい)政権ですね」
まさに唖然とするセリフです。自分が総理で、知事は傀儡。これが「地方分権」を求める政治家の言葉でしょうか。「週1日で知事が務まる」とは、その程度にしか仕事をして来なかった証拠と言えるでしょう。人々の命を預かっている政治家としての自覚はかけらもありません。
同フォーラムで彼はこんなことも言ったそうです。
「3年前に知事選に出る時、高千穂で決めた。神のお告げがあった。天孫降臨の地で、僕に白羽の矢が立ったと勝手に思っている。くしくもこんな日、また高千穂に来たのも何かの縁と感じている」
この日(7月1日)とは、まさに麻生総理が閣僚人事を発表したその日でした。
「くしくもその日」というセリフが何を意図していたのか。それは麻生氏と東氏の間にあった合意が何であったのかを物語っています。その合意が実現することはありませんでしたが。
東国原氏の「勘違い」は、単に喜劇でしかなかったことが、この日を境に、誰の目にも明らかになって行ったのです。


