今日、こんなご意見を頂きました。 「私は、愛国心が大事で、学校で教えるべきだと思うの。だから、あなたを支持できないわ」。
「それでは仕方ないですね」と引き下がったものの、「本当は、時間があったらこの会話は深めたいなぁ」と感じました。
「君は愛国心がないの?」と問われれば、私は「あります」と答えると思います。そうでなければ、すべてをなげうって、市民運動や政治活動を数十年も通づけられるわけがありません。でも自分から進んで「私は愛国心を持った人間です」とは決して言わないでしょう。
私の場合、自分の中の「愛国心」は「愛地域心」でもあり「愛地球心」でもあります。それらを自分の中で区別することはできません。まったく無意味だと感じます。
国境がなくなって来ている時代に「国だけを愛しなさい」というのは、かなり無理があると思います。他者との関係があるからこそ、自分も大切にできるのが人間関係。自分だけを大切に思っている人間は、他者との関係を確立することができません。国だって同じはずです。
ついでに言えば、愛を、教科書で教えることも、点数を付けることもできないと思いますし、そんなことを学校でされたら、私が親だったら怒ります。
ただ、学校でも、家庭でも、愛を学ぶことはできると思います。
「教えること」と「学ぶこと」の違いはどこにあるのでしょか?