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2011年3月22日 (火)

多かった車の渋滞で逃げ遅れた人たち

被災地レポート⑤ 3月19日(土)午前

○現地調査開始
宮城県に入ると、道路のひび割れやゆがみが目立つようになりました。でも、外から見ただけでは、倒壊している家は少なく、神戸の震災(直下型)と比べると地震による被害は少ないように感じました。石巻市の中心部に入るに従って、凄まじい状況が広がって来ました。一面がドロの海。魚の腐敗臭と港の底にたまっていたであろうヘドロの混じった異臭が立ちこめています。商店に車が突っ込み、ドロと瓦礫でいっぱいの道、道の真ん中に打ち上げられた船が横たわっていました。橋の上にも船やどこかから押し流されて来た家が乗っていました。

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最初に訪れた港付近の様子

○市役所を訪ねました
石巻市役所の1階に入っても、床はドロだらけ。やはりひどい異臭です。ここも一昨日までは水に浸かり機能できなかったそうです。1階に入ると、避難者名簿が各地域ごとに置いてありました。2階は避難所になっており、避難してこられた方々が椅子などをベッド変わりに休んでおられました。この階には、家族や同僚の方などを探す伝言板、ボランティアの受付窓口も設置されていました。

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市役所ロビーの情報コーナー

○避難所を訪ねました
避難所の一つ、湊小学校を訪ねました。海に近いこの小学校の周囲は、津波の被害が市内でもひどかった地域の一つです。

現地対策本部長の庄司慈明(よしあき)さんは「避難所の運営だけでなく、避難所周辺の人たちの支援もしてきましたが、今は働き手を失いつつある状態です。被災直後は1300人の避難民がおり、その中で働き手を募って運営して来ました。しかし避難所にいる人間が700人となり、500人となりで…」と、語っていました。
被災から9日目になって疲労もたまり、圧倒的に人が足りなくなっています。

今回の津波の被害で特に悲惨だったのは車で逃げた人々。家族など車で一緒に逃げようとした人たちが多かったが、渋滞で動かない。一人が車を捨てて逃げると、後の人達はみんな逃げ遅れて波に飲まれてしまった。
昔から「津波てんでん」と言います。津波にあったら、家族のことも回りの人のことも考えず、てんでんバラバラに逃げろということです。
今回はそれができずに、被害を広げてしまいました。

避難所にいる方の半数が高齢者。認知症の方も多い。寒さから身を守れず、避難所で病気になったり死亡したりするケースが増えていると言うお話も、別の方からお聞きしました。

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最期まで避難を呼びかけていたと思われる消防車

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