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2011年3月14日 (月)

震災、その時横浜の福祉現場は?

震災からはじめての週明けの今日は、朝から色々な混乱が続きました。東京電力が計画停電を実施したため、JRなどの電車が止まった他、朝から携帯電話も固定電話もつながりにくい状況が続きました。

こんな中で福祉の事業所は大丈夫なのだろうか?と思い、ワーカーズ・コレクティブが運営するデイサービスなど福祉事業の総合センター「デイ日吉」を急きょ訪問し、ケアマネージャーの高橋さんにお話を伺いました。(忙しいのに対応して頂き本当にありがとうございました)

大野:地震が起きた後の対応で何が一番大変でしたか?

高橋:直ぐに全ての方を見回りをして直接安否確認をしたかったのですが、担当者によっては35人くらいの利用者を抱えているケースもあるので、物理的に無理でした。そこで、利用者の方々お一人お一人の生活やご家族の状況を思い浮かべながら、一人暮らしで状況が厳しそうな方を優先し、そうでない方は翌日に回すなどの対応をしました。

でも、停電になるとどうにもならないこともありました。ヘルパーさんたちも自分たちの家のこともありますので、それぞれのヘルパーさんたちの事業所に電話で確認をしながら対応するのが大変でした。現場で電動ベッドのモーターが動かないということもあり、日常通りのケアが難しかったケースもありました。でも、一番大変だったのは電話が通じないということでした。初めてのことなので、全てが手探りでした。

大野:行政の対応として望まれることはありましたか?

高橋:こうした緊急時の対応について、市が指示を出してくれると助かるなと思いました。例えば、どこに何を連絡したら良いかなど予め整理しておくとか、あるいは地域ケアプラザが何らかの役割を果たしてくれると良いなと思いました。

大野:停電が今後も続くので大変だと思いますが、また具体的な要望などお聞かせ下さい。ありがとうございました。

その他にも、デイケアセンター、福祉クラブの宅配センターなどを見て回りました。デイケアセンターでは地震当日夜遅くまで、帰宅困難となった利用者の方を預かったり、万一に備えて夜通しで状況を見守ったとのことでした。地域の顔の見える関係だからこそ、いざという時の助け合いが力を発揮したのです。

長期的な停電の影響や食材の調達など大変な状況も今後出てくるかもしれません。これからも注意深く現場を見て行きたいと思いました。

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